音痴で音感なしからギターを始めて100曲こなせるまでのストーリー

こんにちは!ゆーすけです!このレポートを見ていただきありがとうございます!

 

僕は1番の趣味であるギターについてブログや動画で発信をしています。

 

まず簡単に自己紹介をすると、僕は25歳でギター歴12年です。いろんなジャンル弾きますが、特にハードロック系が得意です。

 

エレキギターがメインですが、最近はアコースティックでライブもするようになりました。

 

・バンド活動だけで100曲以上こなしてきた

・コピーだけでなく、ギターアレンジ、アドリブができる

・7人程にギターを教えてきて、1度ギターに挫折した人でも弾けるようにした

 

 

 

まだまだ、僕も鍛錬中ですが、技術に自信が持てるようになってきました。

最近になって、色んな人から「ゆーすけ!ギターセンスいいね!!」と言ってもらえてすごく嬉しいです。。ですが!!

 

 

センス・・・ 

 

 

僕はこの一言を聴くたびに色々な葛藤と共にギターを始める前の過去の自分を思い出します。

 

ギターを始める前の僕のスペックは

 

・カラオケに行くと音痴すぎてバカにされる

・音感なさすぎて音ゲー下手すぎる

・音感ないからギターは絶対に向かないと誰しもに言われる

 

僕の音楽能力は、それはそれは冗談で笑うことすらできない程のものだった。

そう!!僕にはギターのセンスなんて一切なかった。

 

 

センスなんて言葉自体大嫌いだった!!

僕は紛れもなく、相当な音楽コンプレックスだった

 

 

そんな僕がギターを始めてどのように成長してきたかを物語にしてこっそり紹介していこうと思います。

宜しくお願いします。

カラオケなんてもう2度と行きたくない!!

初めてカラオケに行った時のエピソード、

僕が小学1年生の頃、1ヶ月に1回程、母と兄と3人で実家から車で5分くらいのカラオケに行っていた

というのは母も兄もミュージックステーションや僕らの音楽などの歌番組をよく観ていて音楽が好きだった

 

彼らは、歌を歌うことも大好きだったのだ。

 

兄が「母さん、ゆーすけ、土曜日はカラオケ行こうよ!!」
とカラオケに行くことになる

確かに行ってみたいかも!!ってこの時だけは思っていた。

 

実際にカラオケに行くと、すぐに事件が起きた

 

 

カラオケには採点がある。この採点が地雷を起こすことになる

 

 

兄は、とても歌が上手かったため、いつも採点が出るように設定をしたがる

実際、兄の点数は80点後半、または90点超えとすごく点数が高かった

 

 

母が「すごいねー!!歌うまいね!!」といつも褒めていた

 

兄も「だよね!!俺やっぱ歌得意だわ!」と喜び自信を持っていた

 

兄「次はゆーすけ!お前も歌えよ!」と流れで僕も歌うことになる

 

僕が歌っている途中、兄が「お前歌下手すぎ!!」

僕がカラオケで歌を歌うと、母は苦笑いをし、兄は爆笑していた。

採点も入っているが、採点中は採点のキャラクターが悲しい顔をしていて、

 

結果発表では

なんと!!

50点

こんな点数なかなか出ない、、

この時以来50点は見たことないかもw

 

 

 

兄が笑いながら

兄「お前まぢ歌下手すぎ!!どうすればそんな歌になるの?違う歌みたい!」

僕「お前本当うるせーよ!」

 

 

僕は悔しいですが、それくらいしか言い返すことができなかった。

兄「だって下手すぎだもん。お前見たく音痴にならなくてよかった。

僕「黙れ!!ふざけんな」

そして、兄に殴りかかるが、返り討ちにされる。

 

 

僕は泣いて肩を落とし、うつむいて、しばらく動かない。

母「ゆーすけ、あんたすぐ暴力使うんじゃない!」
と母まで兄の味方で僕を怒る。

 

 

それ以降、僕はカラオケがトラウマとなり、誘われても行かなくなりました。もう断固拒否!
僕にとって音楽は相当なコンプレックスとなった。

 

 

僕「くそー!!カラオケなんて二度と行くものか!!!歌なんて大っ嫌いだ!!」

小学校の時の僕の音楽エピソードはこのようなものばかりだった。

もう1つ簡単に紹介すると、当時すごく流行っていた

太鼓の達人をはじめとした音ゲーが発売すると、真っ先に兄が買っていたのだが、

 

僕も音ゲー上手になりたい!!と思って太鼓の達人やダンスレボリューションを練習しても、

何回やってもリズムが合わずに下手で下手でどうしようもなかった。

 

 

また、小学校の音楽の成績も僕はすごく悪かった。こっそり悪い成績をつけてもらえるだけならいいのだが、

僕が地獄のような思いをしなければいけない「歌テスト」という名の公開処刑がある。

 

先生には冷静に「音程外れてる!!」と言われ、周りにはケラケラ笑われる。

思い出すだけで、鳥肌が立ってくる、、

先生が生徒を叩くだけで、最近は大問題にされるけれど、僕は叩かれてもいいから歌テストだけはやめて欲しかったと切実に思う。

 

 

そんな僕とは真逆に兄はカラオケも音ゲーもすごく上手で音楽の成績も常に「大変良い」という1番最高の評価だった。

素直にはなれなかったが、僕は兄が羨ましかった。あまりにも自分の才能のなさにすごく悲しくなった

「僕もできることなら兄のようになりたかった、、」

「兄ほど才能がなくても、せめて下手じゃないくらい、、周りに笑われない程度の音楽センスが欲しかった、、、

 

 

兄が小学校6年生になるとギターを始めてるのを見て僕も少し興味を持った

 

父親が昔ギターをやっていたことから、家にアコースティックギターとエレキギターが1本ずつ置いてあった。

 

動機はよく分からないが、まず、僕よりも先に兄がギターを始めることになった。

 

兄は、長渕剛の「とんぼ」を毎日毎日練習していた。

 

日に日に上達しているのがギターに触れたことさえない僕にでもわかる。

 

「ギターってかっこいいなー!!兄は音感もあるし、才能もあるからできるようになるだろう!
でも音ゲーもできない僕には関係ないかー」

くらいに思っていた。

 

兄が父やいとこからギターを教えてもらっているところを見て、僕は徐々にギターに興味を持った。

 

まさか、この時はギターを始めるなんて思わなかったし、ギターを始めて弾けるようになるなんて1ミリも思っていなかった。

 

中学1年生 野球部やめたっけ暇すぎて困った

 

僕は小学校3年生から野球部に入っていた。でも、あまりやる気がなく嫌々練習に行っていた。

 

 

だから小学校の時はレギュラーに入って落とされ、入って落とされを繰り返していた。

簡単に言うとやる気がなかったww

 

中学も成り行きでなんとなく野球部に入ったけれど、小学校と比べて練習がきついし長い。

特に夏休みなんてクソ暑くてせっかくの休みなのに朝9時から16時くらいまで練習。

 

監督は普通に殴る蹴る、消えろ罵倒する。

僕が中学の時がギリギリこのような指導が許されていたのか、

まるで違う時代なのか、違う国のようだったww

 

 

過酷な部活のためみんな必死ではいたが、

僕はやる気がないから先輩には目をつけられ、どんどん嫌になって部活をやめた。

 

 

なぜか、部活をやめるのが大変な中学校だったけど、振り切ってやめた。

この時の開放感は最高だった「やったーー!自由だーーー!」

 

 

最初の1週間くらいは最高だったが、友達はみんな部活で遊べないし、

帰宅しても本当に暇だった。暇すぎてすごく辛かった。

 

 

一人で釣りにもよく行ったけど、待つのが嫌いだからすぐに飽きた。

この時に暇つぶしをどうしようか考えて思いついたのがギターを始めることだった!

「ギターを始めればカッコいいし、暇つぶしにもなるし、モテそうだし、良くね??」

みたいな軽いノリでww

 

 

兄がギターをやっているのを見て、ギターに憧れもあったけれど、そちらかと言うと暇つぶしが一番の目的だった。

 

 

暇が僕の最大の悩みだったんだ。

でも、兄は僕にギターを貸してくれる訳がないし、買ってもらうにしても高い。

どうやって親からギターを買ってもらうか考えた時に思いついたのが成績アップだ。

 

 

 

僕はテスト順位が学年91人中55位だった。親にも勉強しろと怒られていた。

10位以内に入ったらギター買ってくれと交渉したら、呆れたように即OKが出た。

でも、僕には到底無理だと思われていた。だって55位だったからそう思われるのも無理ない。

 

 

 

僕はギターを買ってもらうためにテスト頑張るぞー!!と思って勉強を始めた。

主に参考書の復習をやったのは覚えている。

全く勉強をしない人が勉強をすれば、それだけでだいぶ変わるので、テスト本番の手応えは少しあった。

 

テストの2週間後に結果がきた。

91人中14位

 

 

 

僕はショックだった。あと4人さえ抜かせればギター買ってもらえたのに、、

学校から帰宅して親に「ダメだったわー14位だったー。」

と報告すると、親がすごくびっくりしていた。

 

 

親「本当?そんな上がったの??やればできんじゃん!!」

母も父も通知表を見て、目が飛び出そうなくらいびっくりしている。

 

 

父「こんなに上がるとは思わなかった。よし!ギター買ってやる!!」

僕「マジ?」やったーーー!!!」

 

 

僕は運良くギターを買ってもらえることになった。

ちなみに中学の僕の成績はこの時が最高だった。

ゆーすけ!お前になんて絶対ギター教えねーからな!!

兄が既にギターをやっていることから、兄から教えてもらおうかなーって考えていた。

でも、それが甘かったのか、兄から急に呼び出されてこんな一言を言われた。

 

 

兄「ゆーすけ!先に言っとくけど、お前になんて絶対にギター教えねーからな!!」

僕「え?は??」

兄「お前センスないし教えるだけ無駄!!」

僕「あーわかった!!」

兄「あともう一つ!俺はお前に一生越されることはないからな!!」

僕「うるせー黙れ!!」

僕に対して意地悪な兄ならこうも言いそうな気はなんとなくしていた。

 

 

だから、僕は親と楽器屋に行った時に教則本も忘れずに買った!

親からは「しっかり教材も買ってえらいな!!」
と言われたけど、兄が教えてくれないのが原因なんじゃ!!と親に言いたかったけど、

 

 

そこは、「まぁね!」とだけ返答をした。

初心者用の1万円くらいのアコースティックギターを手にしてそれだけで僕はすごく嬉しかった。

センスも才能もないけれど、ギターを見るだけで僕はやる気がマックスになった。

 

初めてのギター練習の日々

ギター練習の日々が始まった。

教則本を読んで、ギターの弦のことやフレットのこと、コード表の読み方を学んだ。

安い教本ということだけあって、超わかりにくくて解読するのにも時間がかかった。

 

コード表の通りに弦を左手で押さえた時はもう指がめちゃめちゃ痛かった。

アコギから始める時はまず、この指の痛さと戦わなければならない。

「指痛いけど俺は兄に勝つんじゃ〜〜!!」

 

 

 

この気持ち1つで最初に誰もがぶつかる、指の痛みや思い通りに弾けないという壁は乗り越えることができた。

そう考えると、やっぱりセンスなんてなくても良くて、気持ちの持ちようが全てと言っても過言ではない。

僕がコードに苦戦していると父がちょっとギター貸してーと懐かしそうに弾き始めた。

 

 

コードを押さえて音がしっかり鳴っている。
この時は父親が神様のように見えた。

 

 

父に質問をした。

僕 「弾いてればコード抑えれるようになるかな?」

父 「絶対にできるようになるよー!頑張れ!」

僕は父の言葉を信じて、教則本に載っている曲をひたすら練習をした

 

 

2週間経つ頃にはぎこちないけれど、それなりに弾けるようになった。
ギターを始めて3か月ほどで正月が来て。お年玉でエレキギターを買った。

 

父と兄からエレキにいくのは早すぎると言われたが、僕はエレキがやりたかったので

持論だけで突っ走った。買うったら買う!他の選択肢はないw

 

 

僕はエレキが大好きになった。

楽しくて楽しくてギターは暇つぶしから趣味へと変わっていった。

 

 

難しい曲も何度も何度も繰り返し練習をして少しずつ弾けるようになった。

ギターを始めて1年が経とうとする時に学祭でライブをすることになる。

すごく恥をかいた学校祭ライブ

初めてのライブはもう黒歴史でしかなかった。

まず、全員で合わせての練習を全くしなかった。

これがとんでもない本番につながった

 

 

バンドを組んで学校祭でライブをしたのだが、まずベースはイントロしか弾いていない。

ドラムは音楽の先生に頼んだのだが、原曲を無視して叩いている

僕は緊張と立って弾くことに慣れなくてギターソロを思いっきりすかす。

 

 

この時は本当に落ち込んだ。。

そして次の年の学祭はメンバーが変わって夏休み中友達の家で練習をした。

バンドを教えてくれる先輩もいて、指導を受けながら何度も何度も練習した甲斐があって

学祭の本番でもしっかり決めることができた。

 

 

僕の中学生活はつまらない日常がギターとバンドで新世界のように楽しい生活に変わって幕を閉じた。

嫌なこともたくさんあった高校時代

高校に入って地元のライブハウスに通うようになった。

 

 

10人くらいの仲間でメンバー入れ替えでバンドを組んだりしていたのだが、

これがメンバーを急に抜かして他の人を入れたり、下手な人を馬鹿にしたりして、

トラブルもすごく多かった。

僕も気づいたらバンドメンバーから抜かされていたということが数回あった。

何も告知してこないところがすごく腹立った。

 

 

でも、今考えてみると周りに必要とされる振る舞いができていない自分に問題があったなーと思う。

月1でライブをこなしていたから、練習もたくさんしたし、技術もすごく伸びた。

この時はただ目立ちたい、かっこつけたいという理由からテクニックばかり追い求める薄いギタリストだった。

 

 

この頃、技術的に上手くはなったけど、あまり楽しくはなかった。

音楽はスポーツと違って勝った負けたがないから、

優勝したら全て良し!みたいなことにはならなくて、

 

 

価値観が合わなくてもう音楽が嫌になるってことが度々起こってしまうのだ。

こうしてプロのバンドも解散をくりかえすのかなって思う。

また、高校生で大人になりきれないということからもトラブルは多かった。

でも学ぶことはすごく多かったのも事実だ。

 

 

高校3年生の12月に同じバンドの友達と喧嘩をして、予定していた卒業ライブをやることもなく、卒業した。

そして、僕は大学に行くことになる。

親からは音楽の道に走ってもいいと言われていたが、

たまに自立神経失調症に苦しんでしまうこと、自分に自信がないことや失敗して音楽が嫌いになるのは嫌だと

僕はプロを追いかけることはしなかった。そして僕は大学に行くことにした。

 

 

大学時代、そして今、、

大学に入学して、僕は軽音楽部に入ることになった。

中学、高校と軽音部という環境がなかったので、すごく興味があった。

入部に迷ったが、先輩にすごく気に入られて、入らざる負えない状況になった。

 

 

大学の軽音楽部は好きな人とバンドを組んで好きな音楽をやった。

最初は楽しかったのだが、徐々につまらなくなった。

だから、辞めてしまおうとも何度も思った。

 

 

でも、企画ライブがあるたびに、バンドに誘われ参加した。

邦楽ロック、洋楽ハードロック、ブルースなど本当に色々な音楽をやった。

ただ、楽譜をそのままコピーするだけではなく、コードを合わせて自分の好きなように弾くアドリブギターというものに出会ったのもこの頃だった。

 

 

完コピが絶対に正しいとずっと思ってきていたのが、その価値観は見事に崩壊した。

アドリブギターとかブルースセッションとかするのがすごく楽しかった!!

少しずつできるようになっていく過程が初心者の時のようにたまらなく嬉しいものだった!

 

 

こうして、僕は今でもギターを弾いている。

今では、アコースティックギターを持ってシンガーの伴奏をしたり、

初心者の方アコギ、エレキ問わずにギターを教えたりしている。

 

 

 

・ギターに興味があるけれど難しそう!どう始めればいいかわからない

・ギターに1度挫折して押入れの奥にしまったけれどもう1度始めたい

・ギター始めたけれどなかなか上手くならない

・初心者の段階からなかなかステップアップができない

 

 

 

このような人の助けになりたいと思って僕はこのブログを立ち上げることにした。

挫折する人が多くてセンスが必要と思われるギターだが、センスの欠片もない僕ですら今弾けるようになっている。

だからセンスとか気にしないで、やってみたいと思うならギターの世界に飛び込むべきだ!

 

 

 

そして、少しでも僕のブログを読んでギターが1ミリでも好きになってくれれば僕は本当に嬉しい!!

僕の長い物語を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!

最後に

こんにちは、ゆーすけです。
もともと音痴で音感がなくて音楽がコンプレックスだった僕が、

「それでもギターが弾けるようになりたい!」
という想いからエレキギターに挑戦してみました。


すると、ギターがかなり弾けるようになりました。
高校時代は月1でバンドを組んでライブ活動に没頭
大学時代は、軽音部で仲間と切磋琢磨して充実の日々
今ではギター講師として、挫折する人を減らして、


音楽を楽しめる仲間を増やすべく、
ギターを教えています。
そんな想いでこのメディアの発信をしています。


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不定期でレッスンを募集したり、
ラインアット限定コンテンツを渡したりしています。


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